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東京高等裁判所 昭和34年(ツ)90号 判決 1960年10月11日

上告人 榊純義

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

本件上告理由は別紙上告理由書記載の通りである。

原判決及びその引用する第一審判決によれば、原審は、中華民国人黄清居が所論の日に日本から台湾に帰国するについては正規の出国手続を経ていないものと認め、且同人に対する保釈許可の指定条件である右帰国転居についての裁判所の許可もこれを受けたことを認めうべき資料がないと判断したことは明らかであり、原判決挙示の証拠を綜合すれば右のように判断できないわけではない。所論甲第五号証はその文意に徴し必ずしも右の判断を妨げるものではない。上告人は、黄清居は適式の出国手続を経て帰国したのであるから刑事訴訟法第九十六条第三項に所云「執行のため呼出を受け正当の理由がなく出頭しないとき、又は逃亡したとき」には該当しないというけれども、右黄の帰国については前記の通り正規の出国手続を経たものではなく、且裁判所の許可を得たことの立証がない以上同人の右帰国行為を以て前記法条に所云「逃亡したとき」に該当するものと解すべきは勿論であつて、これと同旨の原審の見解は正当である。黄が外国人であること及びその本国に帰国した場合であることの故に右の解釈を異にすべき合理的理由はない。所論は、要するに、原審の専権に属する証拠の取捨及び事実の認定を非難し、或いは原審の認定と異る事実を前提として前記法条についての原審の解釈を非難するに過ぎず、いずれも採用することができない。

よつて、民事訴訟法第四百一条、第九十五条、第八十九条に従い主文の通り判決する。

(裁判官 奥田嘉治 岸上康夫 下関忠義)

上告理由

上告人 榊 純義

被上告人 国

右代表者 法務大臣

右当事者間の御庁昭和三十四年(レツ)第四二号損害賠償請求事件につき、上告人は上告状に上告の理由を記載せなかつた処昭和三十四年六月十九日原裁判所書記官より上告受理の通知を受けたので茲に上告理由書を提出致します。

上告の理由

第一点

原審裁判所は中華民国人黄清居は上告人主張の刑事被告事件につき保釈許可の決定を受け同被告人及びその弁護人であつた上告人において保釈保証金六万円を納付したこと。右被告人が有罪判決の言渡を受け該判決は確定したこと、其の後黄清居は検察官の収監状発布後収監前の昭和二十八年十月二十九日第三次華僑帰国船で台湾に帰国したこと、東京高等裁判所は検事の請求に依り右保釈保証金没収を決定し該決定は昭和三十一年一月十一日確定したこと等の事実を認めて居る。

上告人は前示保釈保証金没収の決定は検察官において黄清居の適式の出国手続を経て帰国したものであるに係らず之を逃亡したものと誤解し裁判所に対し、故て保釈保障金の没収の決定を清求した過誤に基くものであるから被上告人はこれによつて上告人の被つた損害を賠償する義務がある。

被告人は黄清居は其当時官憲の許可を得て昭和二十八年十月二十九日第三次帰国船で自分の本国である台湾に帰国したものであつて右事実は確定した事実であるのみならず又原審判決においても之の事実を認めて居る。果して然らば外国人である黄清居が日本国及台湾国の担当官憲の許可を得て適式帰国した事実は所謂刑事訴訟法第九十六条第三項の保釈を受けた者が刑の言渡を受けて其の判決の確定した後執行のため呼出を受け正当の理由がなく出頭しないとき又は逃亡したときは云々の事実の該当するか否かである即ち外国人が適式の帰還手続を経て其本国に帰国するのは逃亡なり哉否やである。

上告人は右の場合は異例の国際事情に基くものであつて所謂逃亡と見るのは当を得ないものと信ずる。刑事訴訟法第九十六条第三項の如きは通常国内の一般的の場合であつて右の如く戦時異例の場合には該当しないと信ずる。外国人が其の自由意思により其の本国に帰還すると否とは其の者の自由意思であつて他国人が之を阻止するが如きことは人道上よりしても之を許さない。戦争に起因し外国人の本国帰還と言うが如きことは全く異例であつて我刑事訴訟法起案者と雖も想起しかなつた事態であつたのである、同法第三項に正当の理由なくして出頭しない云々とあるは又右の如く正当の理由に基いて帰国した外国人等の場合か何れに該ると解するのか穏当の解釈である。

台湾人黄清居が昭和二十八年十月二十九日第三次華僑帰国船で帰国した事実は甲第五号証(法務省入国管理局登録課長証明)並に原審証人廖伴銅(中国側出入国管理事務取扱者)の証言によつても明かである。

原審裁判所は或は右黄清居の出国手続に多少の過誤があつたので同人の出国は適式の手続を経たものではないと見た様であるが右同人は前記の如く適式の許可手続を得て出国したものであることは確定事実である即ち帰国船発航の際混雑の為めに人数に間違え人違いした様なことがあつたことは被上告人申請の証人川上巖が証書して居るので或は黄清居の出国は適式のものではなかつたものとは認定されたかの疑があるが前記の如く法務省入国管理局登録課長の証明によるも同人の帰国は適式のものであつて又右証明書は公文書であつて見れば毫も疑う余地がない。又他方出国につき裁判所の認可を受けていないことを理由とするが出国手続につき裁判所の認可は必要としない。要するに上告人は外国人が其適式の手続を得て帰国するのは逃亡とはならないと断する次第であつて原審判決は右上告人の主張を排斥し其の請求を棄却したる不法あり原審判決は破殿を免れざるものと信じます。

以上

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